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2021年10月06日

ランドセルは日本でできともの?

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私の世代なら、覚えておるかたも多いかもしれません。

「ピカピカの一年生」というCMを・・・。

春から小学校一年生になるという一般の子供っが、

なんとも可愛いらしくもあり、おもしろおかしくもあるという、

非常にほほえましいCMがありました。

「あれはもうやらないのか」とおもいますが、

もし復活してくれるのであれば、心なしかうれしく思うかもしれません。



さて、一年生といえば、「ランドセル」です。

昔の「ランドセル」は、大体のおいて2パターンでありました。

男子が黒、女子が赤であります。

ところが、今では多くの色のパターンがあります。

それはもう、迷ってしまうぐらいのレベルの多さかと思います。

もし私が子供だったら、おろおろして、

なかなか決めることが出来なかったかと思います。

そんな色とりどりなランドセルは、夏ころから販売予約を開始しておりいます。

そんな早い時期からなのか・・・。

それぞれのメーカーが、それぞれの特徴をもったランドセルを売るわけです。

私にとったら、どれも同じように見えるのですが、

重さや、機能や、素材などが違うみたいです。

入学前の子供たちは、一様に鏡の前で「ランドセル」を背負い、

デザインや、その背負い心地を体験し、検討するわけです。

そして4月になると、まだまだ小さな小学生が、

我が身にはあまる大きさのランドセルを背負って、通学するのです。

これはなかなかどうして、ほのぼのして可愛らしいものであります。



さて、むかし日本にランドセルの原型とされるものが、

輸入されたわけです。

これは西洋式の軍隊制度が導入された、幕末の頃であります。

それは、陸軍の兵士が背負う”背のう”というものでした。

”背のう”は、オランダ語で「ランセル」というそうです。

その言葉がなまって「ランドセル」と呼ばれるようになったという流れであります。

 

そして、明治時代になります。

学習院初等科では、学用品をおつきの者に持たせて、

馬車や人力車で登校する生徒がいたわけです。

そこで、学習院側は「これはいけない」ということになったのです。

生徒に徒歩で通学させて、自分で荷物を運ぶようにさせたそうです。

この時から使われるようになったのが、「ランドセル」ということです。

明治20年(1887)に、

大正天皇が学習院初等科に入学することになります。

当時の首相であった伊藤博文が、

特注で作らせた「ランドセル」を献上しました。

それまでの「ランドセル」は、リュックサックのような形でしたが、

伊藤博文が贈った「ランドセル」は、

しっかりとした箱型のものでした。

 

ということで、現在の箱型の「ランドセル」の原型は、

大正天皇のランドセルということになります。

その後、「ランドセル」は通学にとても便利という流れで、

都市部には浸透していきましたが、

地方の子供は、風呂敷などを使用していたみたいです。

全国的に使われるようになったのは、

昭和30年代頃からみたいです。

 

さて、来年の4月はどうなっているでしょうか?

いつもどうりの日常が、あらためて有り難いと思う次第であります。

 

 
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